大連・西崗街を歩く 旧満州国にタイムスリップ(1)


大連に訪れた日本人に絶対に足を運んでほしい地区があります。それが戦前の街並みがそっくり残る西崗街です。大連駅から路面電車で10分ほどのこの地区は、ロシア統治時代に現地中国人(とは言っても出稼ぎのために大連の外からやって来た中国人です)が住む地区として発達しました。元々はロシア政府が大連を整備するに当たり街の東側をロシア人、西側を中国人と別けたのが中国人がこの地区の始まりです。しかし日露戦争に勝った日本が大連を新たに整備し始めると、この辺りにも日本人が住居を構えるようになりました。現在、大連は都市化に伴った高層マンションの建設ラッシュですがこの西崗街だけはその時代の流れから取り残されたかのように当時の街並みがそっくり残っています。地区に立ち並ぶ建築物は1920~1930年に建てられたものだそうで、現在でも民家として使われています。

ここで我々が是非知っておきたい事実は、これらの建築物は歴史的な建造物を保存しようという肯定的な意図の元残っている訳ではないという点です。現在の西崗街の内実は大連の外部から来た貧しい出稼ぎ労働者のシェルターです。彼らの様な安い労働力層の存在がこの2~3世代前に立てられた、いつ倒壊してもおかしくない建築物への需要を一定以上維持してきたのです。実際に地区を歩いていただけば直ぐに分かると思いますが、西崗街は大連中心部とは比較にならない程の低い生活レベルです。所謂「スラム街」という言葉が適切かもしれません。この地区だけ時間の流れが止まってしまったのでは?と大げさではなく感じてしまう程のものでした。大連の為政者はこの地区の建築物を全て撤去し商業施設を開発することが町の発展に寄与すると明確に意思表明しています。いつまで現存している町の雰囲気が残されるかは全く予想がつきません。ただ、はっきりしていることは、西崗街は法的な保存対象でないことから遅かれ早かれ消え去る運命にあるという点です。

西崗街へのアクセスですが、大連から興工街行き(西行き)の201路線に乗って東関街(大連駅から一つ目)か市場街(大連駅から二つ目)で降りて下さい。西崗街はこの二つの停留所の間一帯に広がっていますのでどちらで降りても大丈夫です。(おススメは市場街下車です。大連駅から路面電車は上り坂を上がっていきますので市場街で降りれば西崗街を散策するとき坂を下るだけになります。)電車の進行方向左手に西崗街が見えます。一帯は明らかに建物が古いので直ぐに分かります。因みに、201路線の運賃は1乗車1元(15円)ですが、大連駅を通過すると1元追加です。従って日航ホテル前から路面電車201路線に乗る場合は、大連駅を通過しますので2元必要です。車掌はお釣りを持っていませんので小銭を準備していった方がいいです。

image120今回は勝利橋(旧日本橋)停留所から201に乗車した

image121電車は10分おき位にやってくる
後ろに見える4階建ての建物は旧日本橋郵便局、現郵政局

image122タッチ式カードに対応するなど近代化装備も
施されているが殆どは当時の内装のまま

image123電車は日本統治時代のもので赤い電車が中国人労務者用
緑の電車が日本人用だったらしい・・・・今回は赤い電車

image144東関街停留所付近 線路の左側が西崗街地区

image141当時建設された建物は現役の商店として営業している

image142白黒写真でしか見たことが無い大正・昭和時代のモダン建築

image140こちらの建物も現役で使われている

image136上ってきた坂(長江路)から大連駅方面を臨む
オレンジ色の電車が最新式の路面電車(2両編成)

image139坂の中腹に西崗街地区の目抜き通りの一つがある

image138ここから明らかに大連市街とは違う雰囲気が・・・

image124ここからは市場街で降りた際の歩き方
平和街から西崗街地区に入る

image125実際に西崗街地区に住んでいる子供たち
路地で仲良く遊んでいた

image126年季を感じさせる煉瓦造り
100年近い建物に現役で人が住んでいるのに驚きだ

image127住人の洗濯物が放置されていた

image128更に奥に進むと一帯がスラム街の様相を呈していた
大連で最も貧しい地区の一つであることは間違いない

image129市街地では見かけない野良犬に用心しながら歩く

image130ずいぶん前に火事で焼け落ちたと見える二階部分

image131路地裏には至る所にゴミが放置されていた

image132坂の上に立つ建築物群

image133坂で二つ道に分かれた境に立つ建築は
ボストンのビーコンヒル地区を思い出させる

image134西崗街地区の目抜き通りの一つ

image135西崗街の目抜き通りを逆方面から
意外と人通りは多い

今回この地区を実際に歩いてみて、確かに多くの歴史的建築物が依然残っており、今現在も大連の貧困層の住居として使われていることが分かりました。住居の保善・改修はお世辞にも十分とは言えず、同じレンガ造りの建物が多く残るロンドンなどの住居と比較すると、いつ倒壊してもおかしくない程傷んだ建築が多いのが印象的でした。(半壊しているもの多数あり)これだけの歴史的建築物が単体でなく、地区に密集し当時の雰囲気を残している場所はそうそう無いでしょう。又、今回地区を歩いた際、住人の生活を見ることがありました。想像以上の貧しさでしたが、流石に写真に収めるのは気が引けたため建物がメインになりました。(こうした地区の実際の生活を見たい方は是非現地に足を運んでください。)西崗街は地球の歩き方など、メジャーな観光ガイドブックにも記載が無く、大連の現地観光会社でもツアー先に組み込まれている話を聞いたことがありません。是非、再開発がなされる前に訪れてみてはと思います。

尚、ゴミの散乱状況からも察することが出来るように、西崗街地区は行政の手が行き届いていない=治安が悪い可能性が高いです。管理人は色々な都市を歩いてきましたが、地区の治安を測る一つの目安として道路のゴミの散乱度があります。行政の手が及ばない地区は清掃が入らないため道路にゴミが散乱する傾向があります。ガイドブックなどに西崗街の公式情報が無いので確定的なことは言えませんが、西崗街は治安に不安があると考えて行動して下さい。華美な服装は避けた方が無難です。中国語が出来ない女性が夕方以降一人で行くのはお勧めしません。

【ご報告】皆様の1クリックが記事更新頻度を早めます!!
当サイトは広告収入のみにより運営しています。売上金は主に取材のための航空券代として使わせて頂いております。ランキングサイトで上位になればなるほど早く航空券代が貯まりますので新記事の追加を早めることが出来ます。どうぞ皆様の1クリックをお願い致しますm(_ _)m

にほんブログ村 大人の生活ブログへ
にほんブログ村


Leave a comment

Your email address will not be published.

*